本文へスキップ

岡山で弁護士をおさがしなら菊池綜合法律事務所へ

TEL.086−231−3535
(受付時間 平日9:00〜17:00、土曜9:00〜12:00)

不動産取引

ホーム弁護士菊池捷男の法律実務レポート 目次<不動産取引

不動産取引

■著 者  菊池捷男(きくち としお)
       昭和18年生まれ
       昭和45年 岡山弁護士会登録
       平成4年度 岡山弁護士会会長

■発行者 菊池捷男法律事務所
       岡山市南方1丁目8番14号
       TEL086−231−3535
       FAX086−225−8787

■発行日 平成9年2月11日
はじめに
 本書は、私が昨年末、不動産取引を専門とする方々を対象に講演した時の内容を補筆し整理し直したものです。実務の中でよく出てくる問題でありながら、解説書には書かれておらず、調べようとしても容易には調べられない問題ばかりを13題選びました。困難な法律問題の解決は、判例が指針を与えてくれます。本書が判例を多く引用している所以です。引用の判例には出典を明らかにし、調査を便ならしめています。また、トラブルを未然に防ぐためには、契約内容が極めて重要です。そのため文例を若干載せております。
 本書が、専門の方々のみならず、これから不動産の取引をしようという方、また不動産取引に関心のある多くの方のお役にたてば、望外の幸せです。
1997年2月                              菊 池 捷 男

1−1 売買申込証拠金は全額返還が原則
(1) 問題
 マンション、建売住宅、造成宅地等の分譲の際、購入希望者から業者に、「申込証拠金」の名目で金銭を交付する場合もあるが、契約不成立の場合、これは全額業者から購入希望者に返還されるものか。
(2) 結論
 申込証拠金を返還しなければならないかどうか、また、いくら返還しなければならないかは、申込証拠金の預かり契約の内容による。契約の内容が明確でない時は、全額を返還しなければならない。契約で、全額を返還しないことを決めることは、次の通達があるので、避けるべきである。
(3) 行政指導・通達
 土地又は建物の取引における契約申込証拠金について
 (昭48・2・26建設省計宅業発第16号の1 建設省計画局不動産業室長通達)
 最近、業者が宅地又は建物の売買において、契約が成立しない時申込証拠金を顧客に返還しない
  旨を表示する事例が見受けられ、その額も甚だしいものは10万円に達している。しかし、申込証拠金の額が申込の事務処理に通常必要とされる費用の額を大幅に上回って授受される場合は、宅地建物取引に関する著しく不当な行為にあたると思われるので、参考までに通知する。
(4) 申込証拠金の性質
 一般には、契約申込証拠金とは、「購入希望者が真実買主として売買契約を締結する意思があることを確認し、その証拠として売主たる分譲業者等に預託する金銭であって、その授受によって、その購入希望者の申込の優先順位は確保され、売主は一方的に契約の締結を拒否することはできず、契約締結時には手附金に充当し、契約が不成立の場合には売主は購入申込者に返還する義務があるもの」(商事法務研究会・不動産取引5頁)と理解されている。
 逆に、申込証拠金は解約手付の性格を有し、購入を取りやめる時は、購入希望者はこの申込金を放棄しなければならない、と説く考えもあるが、これは極めて少数説である。
(5) 没収は可能か。その限度。
 通達の趣旨からは、申込の事務処理に通常必要とされる費用の額として合理性ある一定限度額で2〜3万円程度までの没収は可能だが、契約書に明示のことが必要である。
(6) 文例
 後記物件の売買申込証拠金として金10万円を支払います。この金額は、売買契約が成立したときに手附金の一部へ充当すること、および平成○年○月○日までに売買契約が成立しなかったときには、貴社の基準による実費を控除して残金が返還されるものであることを承認します。
(7) 業者への拘束
 購入希望者が売買契約を締結しない時、申込証拠金が全額購入希望者に返還されるとした場合、購入希望者には、売買しなければならないという拘束を受けないことになるが、そうであれば申込証拠金を返還しなければならない業者にも、購入希望者が希望しても売買契約を締結するかしないかの自由を認めてもいいのではないか、との疑問が生ずる。しかしながら、業者の場合は、証拠金を受領した時は、申込者から売買の申込があれば、原則として売買契約に応じる義務があり、この義務に反して、正当な理由もなく売買契約を拒否した時は、契約締結上の過失責任(この責任については8頁の「売買契約の締結が不当に拒否された時は損害賠償を請求し得る」を参照)が生じると考えられる。したがって、業者は、購入希望者から売買契約の締結を求められた時は、売買契約締結の義務を負う。
 業者は、このような拘束を受けるので、この拘束期間を限定するために、購入希望者に、申込書の欄外にでも、『平成○年○月○日」までに売買契約を締結しない場合は、本申込が無効になることを承知します。』と記載してもらうことが肝要である。


1−2 買付証明書と売渡承諾書の交換だけでは売買契約の成立は困難
不動産取引


(1) 問題
 契約は、一方当事者の「申込」と相手方当事者の「承諾」による意思の合致としての合意で成立し、必ずしも書面の作成は必要ではない(諾成契約)とされているので、不動産売買の場でしばしば見られる買付証明書の提出が「申込」、売渡承諾書の交付が「承諾」にあたると考え、これらを交換することで、売買契約の成立が認められないか。
(2) 結論
 買付証明書と売渡承諾書の交換だけでは、原則として、売買契約が成立したとは認められない。判例も、買付証明書と売渡承諾書の交換だけでは売買契約の確定的意思表示があったとはいえない、として売買契約の成立を否定している。今のところ肯定判例は見られない。
(3) 判例
(一) 東京地裁昭和63年2月29日判決(判例タイムズ675号174頁)
 売買契約が成立するためには、当事者双方が売買契約の成立目的としてなした確定的な意思表示が合致することが必要であるが、不動産売買、とりわけ本件のように高額な不動産売買の交渉過程においては、当事者間で多数回の交渉が積み重ねられ、その間に代金額等の基本条件を中心に細目にわたる様々な条件が次第に煮詰められ、売買の基本条件の概略について合意に達した段階で、確認のために当事者双方がそれぞれ買付証明書と売渡証明書を作成して取り交わした上、更に交渉を重ね、細目にわたる具体的な条件総てについて合意に達したところで最終的に正式な売買契約書の作成に至るのが通例であることが認められるから、こうした不動産売買の交渉過程において、当事者双方が売買の目的物及び代金等の基本条件の概略について合意に達した段階で当事者双方がその内容を買付証明書及び売渡承諾書として書面化し、それらを取り交わしたとしても、なお未調整の条件についての交渉を継続し、その後に正式な売買契約書を作成することが予定されている限り、通常、右売買契約書の作成に至るまでは、今なお当事者双方の確定的な意思表示が留保されており、売買契約は成立するに至っていないと解すべきである。
(二) 大阪高裁平成2年4月26日判決(判例タイムズ725号162頁)
 いわゆる買付証明書は、不動産の売主と買主とが全く会わず、不動産売買について何らの交渉もしないで発行されることもあること、したがって、一般に、不動産を一定の条件で買受ける旨記載した買付証明書は、これにより、当該不動産を右買付証明書により記載の条件で確定的に買受ける旨の申込みの意思表示をしたものではなく、単に、当該不動産を将来買受ける希望がある旨を表示するものにすぎないこと、そして、買付証明書が発行されている場合でも、現実には、その後、買付証明書を発行した者と不動産の売主とが具体的に売買の交渉をし、売買の合意が成立して、初めて売買契約が成立するものであって、不動産の売主が買付証明書を発行した者に対して、不動産売渡の承諾を一方的にすることによって、直ちに売買契約が成立するものではないこと、このことは、不動産取引業界では、一般的に知られ、かつ、了解されている。
(4) 商習慣
 不動産適正取引推進機構編著の『不動産仲介の法律知識』59頁は、売渡承諾書や買付証明書は、購入、売却の可能性を表明する文書であって、確定的意思表示ではなく、随時撤回・取消・否認できるものとして取り扱うのが商習慣だと述べている。
(5) 参考
 一般的に不動産売買契約が成立したと認められるには、
  • @ 売買契約書の作成
  • A 相当額の手附金の授受
のいずれかが必要とされているが、裁判事例の中には、土地賃貸借契約書の特約として、「3年後に2000万円で売ります」と書いただけで売買契約の成立を認めたものや、権利証、印鑑証明書、委任状等の登記に必要な書類の交付があったことで売買契約の成立を認めたものもある。なお、宅建業法37条では、宅建業者に対して、契約成立の際、法定の重要な内容を記載した書面の交付を義務付けているので、宅建業者の場合はこのような契約書が取り交わされていないと、確定的な売買意思があったとは言えない場合が多いと思われる。

1−3 国土法による届出前の売買協定は、通常の場合、売買にも予約にもならない
(1) 問題
   国土利用計画法23条の届出を要する取引の場合、売買当事者や仲介業者の中には、届出をするところまでこぎつけたのであるから、その後に至って、売買の締結が拒否される時は、それまでの努力や投資が無駄になるので、当事者に売買契約の締結を義務付けたいと考え、売買協定書を取り交わすことがある。この場合、当事者はどのような拘束を受けるか。
(2) 結論
   売買協定書が、国土法の届出をし、これにつき国土法24条の不勧告通知を受けた後に改めて売買契約を締結することを前提とする文書である限り、売買契約の効力も、その予約の効力もない。売買協定書を取り交わす際に、証拠金等の名目で金銭が授受されても、売買契約が締結されない時は、証拠金等は返還されることになる。ただし、売買契約の締結を拒否した者に損害賠償義務が生ずる場合がある。
(3) 判例
 東京地裁平成6年1月24日判決(判例時報1517号66頁)
 原告は、本件協定は、売買の予約である旨主張するが、・・・・・・本件売買は、国土利用計画法の届出をしなければならないところ、同法24条の勧告がなされた場合には予定した売買代金の見直しが必要となる等不確定な要素もあることや本件協定の文言からしても、本件協定は売買契約締結のための交渉を予定しているというべきであるから、本件協定が原告の主張するような売買の予約であると認めることはできない。
(4) 売買協定を停止条件付売買契約と考えた場合の問題点
 売買協定書を、国土法24条の勧告がなされないことが明らかになったとき(届出後6週間を経過するか不勧告通知がなされたとき)に売買の効果が生ずる、つまり売買協定を不勧告通知等を停止条件として締結された売買契約と考えて、そのような内容の協定書が作成される場合があるが、このような売買協定書は売買契約そのものであり、売買契約としては有効である。しかし、この場合は、国土法23条に違反することになり、罰則の適用がある。
(5) バブル期特有の取引と売買協定
 バブルの時期、大手のマンション分譲業者が、地方都市の建設会社等に、その年でマンション用地を取得しその上にマンションを建築してくれたら、土地建物を一括して買う、と提案して、その時の土地の価格まで決め、万一この価格が国土法の勧告の対象となるほどに高い場合は、売買する土地の価格は国土法の勧告のない価格に抑え、その代わりに、この金額と約束の土地代との差額は建築費に上乗せると約束して、売買協定書を取り交わす事例が多く見られた。建築業者等としては、マンション分譲業者の要求に応じて土地を買ったり、マンションを建築するわけであるから、その後になってマンション分譲業者が土地建物を買わない、と言い出した時は、不足の損害を受けることになるので、売買協定書を取り交わすことで、マンション分譲業者に土地建物の買取義務を負わせようとしたのである。しかしながら、この場合も、判例は、売買協定書に、売買契約やその予約の効力は認めていない。前記の東京地裁の判例もこの時の判例である。この結果、マンション分譲業者は、売買協定書を取り交わしたからといって、建築会社等が準備した土地建物の買い取りを強制されることはなかった。しかし、この結果、逆に、マンション分譲業者との売買協定が誠実に履行されると信じて準備した建築会社等に損害が生ずることになったが、この損害については、マンション分譲業者の契約締結上の過失による責任を認めて、マンション分譲業者に損害賠償を命じた判例が出ている。この契約締結上の過失については、次項で説明する。いずれにせよ、売買協定書は売買契約にも売買予約にもならないのである。

1−4 売買契約の締結が不当に拒否された時は損害賠償を請求し得る。
ただし、バブル崩壊による地価の下落分は請求できない

(1) 問題
 売買協定書に売買やその予約の効果がないことは前述したが、前問の事例で、マンション分譲業者には何の責任もないのか。あるとした場合の責任の根拠と内容。
(2) 結論
 マンション分譲業者には、建設会社等が売買協定が誠実に履行されると信じて準備したことについて直接生じた損害を賠償する義務がある。これを「契約締結上の過失責任」という。
(3) 判例
(一) 東京地裁昭和56年12月14日判決(判例タイムズ470号145頁)
 (最高裁第三小法廷昭和59年9月18日判決(判例時報1137号51頁)が支持)。
 取引を開始し契約準備段階に入ったものは、一般市民間における関係とは異なり、信義則の支配する緊密な関係にたつのであるから、のちに契約が締結されたか否かを問わず、相互に相手側の人格、財産を害しない信義則上の義務を負うものというべきで、これに違反して相手方に損害を及ぼした時は、契約締結に至らない場合でも契約責任としての損害賠償義務を認めるのが相当である。
(二) 東京高裁昭和62年3月17日判決(判例時報1232号110頁)
 信義誠実の原則は、現代においては、契約法関係を支配するにとどまらず、すべての私法関係を支配する理念であり、契約成立後においてのみならず、契約締結に至る準備段階においても妥当するものと解すべきであり、当事者間において契約締結の準備が進捗し、相手方において契約の成立が確実なものと期待するに至った場合には、その一方の当事者として相手方の右期待を侵害しないように誠実に契約の成立に努めるべき信義則上の義務があるものというべきであって、一方の当事者が右義務に違反して相手方との契約の締結を不可能ならしめた場合には、特段の事情がない限り、相手方に対する違法行為として相手方の被った損害につきその賠償の責を負うべきものと解するのが相当である。
・・・・・・本件契約が確実に成立するものとの期待を抱かせるに至ったものと認められるから、以後被告としては本件契約及び本件協定の締結に向けて誠実に努力すべき信義則上の義務を負うに至ったものというべきであり、右契約締結の中止を正当視すべき特段の事情のないかぎり右締結を一方的に無条件で中止することは許されず、あえて中止することによって原告に損害を被らせた場合にはこれを賠償する責を負うべきである。
 なお判例は、マンション分譲業者が、バブル崩壊による地価の下落を理由として、売買契約の締結を拒否することは損害賠償責任を免れる理由にはならない、とされている。
(4) 契約締結上の過失責任の根拠
  • @ 信義則違反による債務不履行責任
  • A 不法行為責任
の2説がある。
(5) 責任の内容
 売買契約が履行された場合に受ける利益(履行利益)の賠償ではなく、売買契約が締結されると信じたことによって受けた損害(信頼利益)の賠償をすることになる。具体的には、以下の判例がある。
(一) 東京地裁平成6年1月24日判決(判例時報1517号66頁)
 建設会社がかけた設計費用が無駄になったので、マンション分譲業者に設計費用相当額の損害賠償義務がある、とした。
(二) 福岡高裁平成7年6月29日判決(判例時報1558号35頁)
 土地購入のための銀行借入金の利息のうち相当因果関係のあるものを、損害と認めた。
(6) バブル崩壊による購入土地の値下がりによる損害の負担者
 バブル崩壊による購入土地の値上がりによる損害は、マンション分譲業者が負うべきか、建設会社等が負うべきかは、たいへん関心の持たれる問題であるが、(3)の(一)の判例は、建設会社がマンション分譲会社の要請で買い増しした隣の土地の取得費や借家人への立退料等で支出した金額と、この土地の時価との差額の損害、つまりバブル崩壊による地価の下落による損害は、マンション分譲会社に請求できない、と判示した。
 判決は、その理由として、建設会社が土地を買うか買わないか、採算がとれるかどうかは建設会社の経営判断によるもので、採算がとれると判断して土地を購入した以上は、値上がりによる損害は、マンション分譲会社の責任ではない、というものである。(3)の(二)の判例も同じ旨を判示する。


1−5 代理権のない息子との契約は、表見代理の成立が困難
(1) 問題
 かつて本人の代理をしたことのある本人の長男が、本人の実印、印鑑証明書、登記済権利書を所持し、本人の代理人であると説明したので、この者と不動産の売買契約を締結した。ところが、実際には長男は不動産売買の代理権は与えられていなかった。この場合、長男は、かつて本人の代理をしたことがあるのでいわゆる基本代理権がある上、本人の実印、印鑑証明書、登記済権利書を所持していたのであるから、相手方は、長男に代理権があると信じたことに過失はなく、契約は、表見代理人との間に結ばれたものとして、本人との間に有効に成立しているのではないか。
(2) 結論
 代理権がない場合でも、自称代理人に「基本代理権」があり、取引の相手方が自称代理人を代理人を信じたことに「正当事由」があれば、表見代理人との契約(民法109条、110条、112条)が認められ、本人との間に有効に売買契約が成立する。しかし、本問では、長男がかつて本人の代理をしたことがある点で「基本代理権」は認められるものの、本人の実印、印鑑証明書、登記済権利書を所持する機会が得やすい長男がそれらを所持していても「正当事由」は認められず、表見代理の成立は認められない場合が多い。したがって、本人との間に契約は成立しないと考えられる。
(3) 基本代理権についての問題
 自称代理人である長男は、真実の代理人ではなく、実印や権利証等は1年前に本人の代理人となって所有権移転登記手続を代行するときに預かったものという場合、この所有権移転登記手続の権限が基本代理権となるか。以前与えたもので、現在は消滅している代理権であっても基本代理権となるとするのが判例(最判昭和35年12月22日(民集14巻14号3234頁))であり、また、登記申請行為は公法上の行為であって一般私法上の行為でないが、登記がなされると契約上の債務の履行という私法上の効果が生ずるから、特定の私法上の取引行為の一環としてなされたときには基本代理権となるとするのが判例(最高裁第一小法廷昭和46年6月3日判決・民集25巻4号455頁)であるから、本問については、基本代理権は問題なく認められる。
(4) 正当事由についての問題
 次に、長男に代理権ありと信じたことい正当事由または正当理由があるか、という問題であるが、この場合の「正当事由」とは、諸般の事情から客観的に観察して、普通の人が代理権があると信ずるものがもっともであること、言い換えると、そう信じたことに過失がないことである。それでは自称代理人が本人の実印・印鑑証明書・権利証を所持していれば、その者を代理人と信じたことに過失がないといえるか。
(5) 実印・印鑑証明書・権利証に関する判例
(一) 最高裁第二小法廷昭和51年6月25日判決(民集30巻6号665頁)
 印鑑証明書が日常取引において実印による行為について行為者の意思確認の手段として重要な機能を果たしていることは否定できないから、特段の事情のない限り、代理権ありと信じたこといつき正当理由があるというべきである(ただし、本件は、本人の意思に基づくと信ずるには足りない特段の事情があるとして正当理由の存在を否定している)。
(二) 最高裁第一小法廷昭和53年5月25日判決(判例時報896号29頁)
 代理人と証する者が本人の白紙委任状、印鑑証明書及び取引の目的とうる不動産の登記済権利証を所持している時でも、なおその者に当該本人を代理して法律行為をする権限の有無について疑念を生じさせるに足りる事情が存する場合には、相手方としてはその自称代理人の代理権の有無につき、さらに確認手段を取るべきものであるから、その調査を怠りその者に代理権があると信じても、そのように信じたことに過失がないとはいえない(本件では、代理権の有無について疑念を生じさせるに足りる事情があったとしている)。
(一)の判例は、原則として実印・印鑑証明書の交付があれば正当事由があると言いながら、具体的な事案では、代理行為(連帯保証)がなされるに至った経緯のうちに代理人の権限を疑わせる事実があったこと、代理行為で利益を受けるのが代理人であること、本人に重大な負担を負わせるものであること等の事情を認定して、正当事由を否定している。また、(二)の判例では、実印・印鑑証明書等を所持していても、代理行為によって利益を得るのがもっぱら代理人であること、その事情を相手方も知りうる立場にいたことをあげ、これらは、代理権の有無について疑念を生じさせる事情であり、この場合は、代理権限の有無について調査をするのが原則であって、そうでない限り正当理由があるとはいえないし、正当事由を否定している。
 これら判例の結論として、実印・印鑑証明書・権利証を所持する者がいても、その者が、本人とは親子・夫婦関係にある(実印・印鑑証明書・権利証を盗用しやすい)場合、契約内容が本人に不利益な場合または代理人に利益になる(例えば、本人が代理人自身の債務の物上保証人になる等)場合は、正当事由は認められない、と言いうる。


1−6 手附金の放棄による解除を制限したい
(1) 問題
 手附放棄、または手附倍返しによって契約を解除することが出来る期限を、民法の規定にある「履行に着手するまで」とはしないで、例えば、契約後7日以内とする等、制限することは出来るか。
(2) 結論
 一般的には出来る。その理由は、手附を解約手附としないこともできるのであるから、手附を解約手附とした上で、民法の規定にある「履行に着手するまで」とはしないで、例えば契約後7日以内とする等、制限することは出来る。ただし、宅地建物取引業者は、後述のように、宅地建物取引業法第39条2項で不可。
(3) 手附の定義と種類
 手附とは、売買契約の締結の際に、当事者の一方から他方に対して交付される金銭その他の有価物であるとされ、手附には次の3種類がある。
  • (一) 証約手附
     売買契約を締結したということを明らかにする趣旨の手附。手附には必ずこの効果があるとされる。
  • (二) 解約手附
     手附の金額だけの損失を覚悟すれば、契約を自分の都合だけで解除できる趣旨で交付される手附。
  • (三) 違約手附
     契約に違反した場合に、違約罰として徴収されるという趣旨の手附。この手附があっても、契約違反により相手に損害を与えた場合に、手附とは別に損害賠償をしなければならない場合と、手附金の額を相手に対する損害賠償額そのものと定め、実際の損害額がそれより多かろうが少なかろうが、手附金の没収か倍返しで損害賠償がなされたとして扱う(これを「損害賠償額の予定」という)場合とがあるが、いずれであるかは契約書の内容による。
     民法第557条1項は、「買主が売主に手附を交付したるときは当事者の一方が契約の履行に著手するまでは買主は其手附を抛棄し売主は其倍額を償還して契約の解除を為すことを得」と定めるが、これは手附を、解約手附と推定する規定である。
     なお、この条文における当事者の一方とは、自分は含まず、相手方当事者のことである(最判昭和40年11月24日民集19巻8号2019頁は、「解約手附の授受された売買契約において当事者の一方は、自ら履行に着手した場合でも、相手方が履行に着手するまでは、民法557条第1項に定める解除権を行使することができるものと解するのを相当とする」と判示した)。
(4) 宅地建物取引業法による制限
  • (一) 金額について、第39条1項で、「宅地建物取引事務は、自ら売主となる宅地または建物の売買契約の締結に際して、代金の額の10分の2をこえる手附を受領することができない」と定めて、10分の2をこえる手附の授受を禁じている。
  • (二) 性質について、同条2項は、「宅地建物取引業者が、みずから売主となる宅地又は建物の売買契約の締結に際して手附を受領したときは、その手附がいかなる性質のものであっても、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手附を放棄して、当該宅地建物取引業者はその倍額を償還して、契約の解除をすることができる」と定めている。したがって、宅建業者の場合、手附を解約手附としないことや、手附放棄、倍返しによる解除の時期を制限することは出来ない。当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、解除できるとしなければならないのである。
(5) そこで「履行の着手」とは何か。またいつの時点かが問題になるこの時までは手附放棄、または手附倍返しによる解除ができるのであるから、重要な意味を持つ。
 「履行の着手」は、単なる履行の準備ではなく、契約によって負担した債務履行行為自体に着手すること、と言われる。買主の着手に関して、判例(最高裁第一小法廷昭和57年6月17日判決・判例時報1058号57頁)は、土地の買主が約定の履行期後、売主に対して、しばしば履行を求め、かつ、売主が履行すればいつでも支払えるよう、約定残代金の準備をしていたときは、現実に残代金を提供しなくても、民法557条1項にいわゆる「契約の履行に着手」したものと認めるのが相当であるとし、農地の売買においても同じである、と判示した。通説も、履行期の到達した後に代金の用意をして、引き替えの履行を催告すれば、履行の着手となるとし、代金の現実の提供がなくとも、買主の売主に対する履行請求と、その間代金の支払準備があったことの2つで履行の着手は認められるという(吉田豊・判例タイムズ505号83頁)。
 しかし、代金を調達することだけでは一般には履行の着手とはならない。
(6) 履行期前であっても履行の着手はあるか
 最高裁昭和41年1月21日判決最判解説昭和41年度26頁は、履行期の約定がある場合でも、当事者が債務の履行期前には履行に着手しない旨合意をしているなど格別の事情のない限り、履行期前に民法第557条第1項にいう履行に着手することができないものではない、という。相手方が、手附放棄、または手附倍返しによる解除をしてきそうだと思えば、履行期を待たずに履行に着手して、解除権を封じてしまうことも考えられるであろう。
(7) 手附放棄、または手附倍返による解除の方法
  • (一) 手附放棄による解除の場合
     契約解除のためにすることを示して手附返還請求権放棄の意思表示をすること。
  • (二) 手附倍返による解除の場合
     契約解除のためにすることを示して手附の倍額を現実に提供すること。
 判例は、売主が手附金の倍返し金を現実に提供したにも関わらず買主が受領拒否をした場合は、現実の提供によって契約の解除の効力は生じ、供託までする必要はないと判示した(大判昭和15年7月29日評論30巻民法3頁=判決全集7輯29号17頁)。

1−7 売買予約の後地価が高騰したときは、代金の増額を求め得るか
(1) 問題
 売買予約をした以後、地価が高騰し、当初の代金の数倍になった場合、それでも予約売主は、やすい金額で売買せざるを得ないのか。予約の失効または代金の増額を請求出来ないか。
(2) 結論
 事情変更の原則の適用を受けることが出来れば、予約の失効または代金の増額修正が認められる。後記判例(二)は、代金の増額が認められる場合の計算方法も明らかにしてるので参考にされたい。
(3) 事情変更の原則
 事情変更の原則とは、契約を締結した当時の環境が、当事者の予見しえない程度に変更し、契約の効果をそのままの形で強制することが、当事者の一方に酷な結果となる場合に、その事情が変更した
 ことを理由に、当初の契約の効力を認めなかったり、変更させたりすることをいう。
(4) 事情変更の原則の適用を認めた判例
  • (一) 東京高裁昭和62年6月30日判決(判例時報1243号34頁)
     右価格の騰貴の結果予約に係る代金額が看過出来ないほど均衡を失するに至ったのであれば、それに応じて代金額を合理的に修正することがまず検討されるべきである。
  • (二) 神戸地裁伊丹支部昭和63年12月26日判決(判例時報1319号139頁)
     土地の賃貸借契約締結の際、20年の契約期間内に、貸借人から賃貸人に対し土地の買取を申し入れた時は、賃貸人は代金175万円(ただし、敷金50万円は内入れ充当する)で土地を売渡す旨の売買予約が締結されていたところ、20年後、時価が4,000万円に高騰していた土地について、貸借人が175万円で売買契約を締結するべく、賃貸人に対して予約完結権を行使し、残金125万円で土地を売渡すよう請求した事案で、判例は、事情変更の原則を認め、次のような計算で、売買残代金を125万円ではなく、2,857万円に変更した。
     すなわち、20年前の土地の時価が175万円で、20年後が4,000万円である。20年前にすでに50万円を敷金として支払い、これが代金の一部に充当されるものであるので、代金175万円の内の50万円はすでに20年前に支払われていたと言い得るが、その割合は28.57%である。従って残りの71.43%が支払われていないことになるが、これは20年後の地価を基準にするべきであるから2,857万円になる。
     従って、20年前の175万円の売買予約の残金は2,857万円である。

1−8 建築特約付で土地を売ったのに、建物を建ててくれない
(1) 問題
 宅地の分譲業者が、建築特約付で土地を売買することがあるが、購入者が建築特約を履行しないで、土地を転売したり、他の建築業者に建物を建築させた場合、分譲業者は売買契約を解除したり、購入者に損害の賠償を請求することは出来るか。
(2) 結論
 建築特約が、「その特約が履行されない時には契約をした目的を達成することが出来ず、売主に建築させてくれないことが初めから分かっていれば売買契約は締結しなかった」という程度に達するほどの重要な意味を持つものであれば、買主の建築特約履行の債務は「契約の要素たる債務」になるから、その不履行は契約解除の理由になる。
 そこで、この特約の重要性を明確にし、特約違反の場合のペナルティ等を条文にしておくべきである。
(3) 建築特約の性格
 建築特約は、「要素たる債務」か単なる「附随的債務」か。
 一般に、売買契約の一方当事者が、相手方の債務不履行を理由に、売買契約を解除することができるのは、相手方の債務の履行がない時には契約をした目的を達成することが出来ず、相手方の債務が履行されないことがあらかじめ分かっていたら初めから契約を締結しなかったであろうと考えられる事情がある場合でなければならないとされており、渡邉等現代民事裁判の課題@不動産取引251頁は、このような相手方の債務を「契約の要素たる債務」と表現し、契約解除の理由にならない債務を「附随的債務」と表現する。
(4) 判例
(一) 最高裁第二小法廷昭和43年2月23日判決(民集22巻2号281頁)
 所有権移転登記は代金完済と同時にし、買主は代金完済までは買受土地に建物等を築造しない旨の特約がある場合に、買主が特約に反し、手附金を支払っただけで、仮登記手続をするために売主から受け取っていた売主の印鑑証明書等を冒用して所有権移転登記手続をすると共に、買受土地上にブロック基礎を設置した事案で、「右特約は本来契約締結の目的に必要不可欠のものではない」が、「代金の完全なる支払いの確保のために重要な意味をもつもの」であり、「買主もこの趣旨のもとに特約を付することを合意したもの」であるので、「右特約の不履行は契約締結の目的の達成に重大な影響を与えるもの」であるから、この買主の義務は「売買契約の要素たる債務」になり、「売主はその不履行を理由に売買契約を解除することができる」と判示した。
(二) 大阪地裁昭和33年6月9日判決(下民集9巻6号1024頁)
 売買後の土地の利用方法に関する買主の義務は、売買契約に付随してなされたものであるが、・・・・・・「その附随の程度はかなり密接であったのであるから、右特約の不履行は本件土地の売買契約そのものに影響し、右特約を含む本件土地の売買契約全体につき解除の理由となる」と判示した。
 この判例の場合は、「附随的な債務であっても、売買契約に影響するような程度のものであれば解除の理由になる」と述べている。
(5) 契約文例
 そこで、建築特約を「売買契約の要素たる債務」としておく必要がある。そのことは、契約書の中で明確にしておくことが重要になるので、文例を紹介する。
【文例】
第2条(乙の建物建築義務)  乙は甲に対して別途提出した平成○年○月○日付別紙建築申込書および平成○年○月○日付別紙建築確定書における記載内容通り、本件土地に乙の自家用居宅を建築するものとする。
2 乙は、前項に定める自家用居宅の建築は、甲または甲が指定する建築業者との間に請負契約を締結して、実行する。
3 1項に定める自家用居宅の建築着手および完了の期間は、第7条によって乙が本件土地の引渡を受けたときから平成○年○月○日までの間とする。

・・・省略

第7条(甲の土地引渡し義務)
 甲は、前条の売買代金の完済を受けるのと同時に、本件土地を乙に引渡すものとする。

第8条(所有権移転登記の時期)
 甲は、乙が第2条に定める居宅建築義務に基づき、または甲が指定する建築業者との間に請負契約を締結したとき、乙に対して本件土地の所有権移転登記を実施するものとする。

第9条(所有権の移転時期)
 本件土地の所有権は、乙が第2条に定める居宅建築義務を履行するまで甲に留保するものとし、前条によって本件土地を乙名義にするための所有権移転登記申請が所轄登記所に受理されたときに本件土地の所有権は甲から乙に移転する。

第10条(乙の特約不履行の場合)
 甲は、乙が第2条2項に定める者以外の建築業者に建物を建築させたtきは催告をしないで、本件契約を即時解除することが出来る。また、乙が同条3項の期間内に建物を建築しなかったときは1週間の猶予期間を定めて催告を行い、この催告を受けた乙が依然として義務の履行を怠った場合には、本件契約を即時解除することができる。
2 前項の場合、甲は売買代金の半分を違約金として収得するものとする。この場合において乙は即時本件土地を、その地上にある建物および工作物等一切のものを収去して甲に明け渡すものとする。
3 第1項の場合、甲は、本件契約の解除をしないで、乙に対し、損害賠償として金○○○○○円を請求することができる
1−9 買換え特約があれば、契約は解除できるか
(1) 問題
 売主が不動産を売却してその代金で新たに別の不動産を買う、いわゆる買換えをすることが前提になって売買契約を締結したが、この点に関して特約はなかった場合、買換えが出来なかった時に、売主は、売買契約を解除することが出来るか。
(2) 結論
 買換えが出来ない場合は売買契約を解除し得ると定めた特約がないと、解除は出来ない。
(3) 判例
(一) 東京高裁平成元年4月20日判決(判例時報1313号131頁)
 「控訴人が、新住宅の購入を目的として本契約をしたというにとどまらず、本件土地建物の売却と新住宅の購入を不可分のものと考え、新住宅の購入契約が出来なければ売却契約も効力を失うという認識をもって、いわゆる買換え特約付の売買をする意思で本契約を締結したとの点については・・・・・・認めるに足りる証拠はない」と判示し、このような場合、売主は保護されないことを明らかにした。

 要は、単に買換えを目的として売却するという動機が明らかになっているだけでは、当然に買換え特約が存在するということにはならず、特約の設定には、その旨の条項の存在や明確な合意の立証が必要。
(4) 買換え特約の条文例
 第○条  売主が・・・・・・までに買換え物件の購入契約を締結することができなかったときには、そのときから・・・・・・以内に売主において本契約を解除することができる。
2  前項に基づき本契約を解除した場合には、売主は、買主に対し、直ちに受領済の金員を 無利息にて返還しなければならない。
(5) 錯誤無効の主張の可否
 ここで、売買契約締結の際、買換えの動機が表示されている場合には、買換えができなかったことが、法律行為の要素の錯誤として、売買契約の無効の主張ができないか、という疑問が生じるかもしれない。
 表示された動機は法律行為の要素になるので、その点に錯誤があれば、民法95条で無効を主張することができることは、確立した判例ではある。しかしながら、買換えの特約について錯誤無効が問題になるのは、売買契約締結時に既に買換えが不可能であるにも関わらず可能と誤解して締結したような極めて稀な場合に限られるであろう。通常は、契約当時は、買換えが可能だったが、その後になって地価が上昇したために買換えが困難になった、というような場合がほとんどであろうから、売買契約当時、買換えの動機が表示されていても、この当時買換えが不可能だったとは言えない場合がほとんどであるから、その点での錯誤はないことになり、錯誤による売買契約の無効の主張は無理とされている。

1−10 ローン特約があれば契約を解除できるか
(1) 例題1
  • 【問題】 買主が残代金を支払うためにローンを利用することが前提になって売買契約を締結したが、そのローンを利用することができなかった。この場合、買主は保護されるか。
  • 【結論】 ローン特約が結ばれていない場合、売買契約の失効も解除も主張出来ない。
(2) 例題2
  • 【問題】 ローン特約付の売買契約を締結した買主が、手附金を全額返してもらうためにローン不成立を理由に解除したいと考え、わざとローンを利用できなくした場合、売主は保護されるか。
  • 【結論】 保護される。
(3) ローン特約の異議
 ローン特約条項は、買主が残代金を支払うためにローンを利用することが前提になっていた場合に、そのローンが一定期間内に得られない時には、売買契約が、当然失効する(解除条件付)か、または、契約を解除する事が出来る(解除権の留保)とする特約を定めた条項。
(4) 宅地建物取引業者の義務
  • (一) 宅地建物取引業者は、代金又は交換差金についての金銭の貸借のあっせんに関する定めがある場合においては、当該あっせんに係る金銭の貸借が成立しない時の措置に関する事項を記載した書面を交付しなければならない(宅地建物取引業法37条1項9号)。
  • (二) 宅地建物取引業者は、土地または建物の売買において、代金の支払について金融機関のローンを利用することを条件といて契約を締結する場合は、少なくとも次に掲げる事項を重要事項説明書及び法37条の書面に明記しなければならない(昭和48年2月12日付建設省計宅業発第4号の1建設省計画局不動産業室長通達)。
    • @ 金融機関との金銭消費貸借に関する保証委託契約が成立しない時、または金融機関の融資が認められない時は、売主または買主は売買契約を解除する事が出来ること。
    • A 売買契約を解除した時は、売主は、手附または代金の一部として受領した金銭を無利息で買主に返還すること。
      
(5) ローン特約の条文例
  (財)不動産適性取引推進機構作成標準契約書より(融資利用の場合)
第○条  買主は、この契約締結後速やかに表記融資のために必要な書類を揃え、その申込み手続きをしなければならない。
2  標記の融資承認予定日のうち最終の予定日までに、前項の融資の全部または一部について承認を得られない時、買主は、標記の契約解除期限まではこの契約を解除することが出来る。
3  前項によりこの契約が解除された場合、売主は、受領済の金員を遅滞なく無利息で買主に返還しなければならない。
4  本条による解除の場合は、第○条(手附解除)及び第○条(契約違反による解除)の規定は適用されないものとする。

(6) 注意事項
 重要なことだが、ローン特約条項の内容により、解除出来る場合と出来ない場合があるので、条文作成に注意すること。
(一) ローン特約条項が、「万一、当事者双方の責めに帰すべからざる事由により買主が金融機関から融資を得られなくなった時は、買主は売買契約を解除する事が出来る。この場合、売主は手附金を無利息で返還する」となっているような場合、買主が金融機関に対して不実の申告をしたり、必要書類の提出を怠ったりした場合は、努力義務違反として、ローン特約条項に基づく解除や失効も主張は出来ないと考えられる。
(二) それ以外は、買主が故意にローンを不成立にした場合にのみ、民法130条を類推して、売買契約の失効や解除の主張は認められないと解される。民法130条は、「条件の成就によって不利益を受ける当事者が故意に条件成就を妨げた時は、条件は成就したものと看做す」という規定である。ローン特約を結んだ買主は、ローンが不成立になった時は売買契約の失効または売買契約の解除を主張し得るが、ローンが成立した場合は売買契約を履行しなければならない義務を負うことになっているので、この者が売買契約の失効または解除を主張するために、故意にローンを不成立にした場合は、民法130条が類推されてローンが成立したものとみなす、と解されるのである。

1−11 農地を買って仮登記しても、10年で権利がなくなる
(1) 問題
 市街化調整区域内の農地を転用目的で購入し、代金を全額支払ったが、農地法第5条の許可が得られる見込みがないため、この土地の所有権の取得と開発行為は市街化区域に編入されるまで待つこととし、買主の権利を保全する目的で、仮登記を経由しているが、この買主の権利は、時効で消滅することがあるのか。

(2) 結論
 時効消滅する。

(3) 買主の権利
 ここで買主の権利とは何かについて説明する。
 宅地に転用することを目的とした農地の売買には、農地法の5条により、知事の許可(2ヘクタールを超える場合には農林水産大臣の許可)が必要であり、知事の許可があるまでは売買契約の効力は生ずることなく、所有権は移転しない。
 農地法5条の許可申請手続は、売主と買主と連名で申請書を提出することになっているから、売主は買主に対し、農地の所有権移転の許可を申請することに協力する義務があり、この義務を一般に「所有権移転許可申請協力義務」と呼び、この義務に対応する買主の権利が「所有権移転許可申請協力請求権」または単に「許可申請協力請求権」と呼ばれるものである。
 ところで、所有権は消滅時効に関わらず、所有権移転登記を求める請求権も、所有権に伴い発生する権利であるから、同じように消滅時効にはかからないが、農地の買主は、農地法5条の許可がない以上農地の所有権は取得しておらず、前述の「許可申請協力請求権」を持つだけである。そこで、この許可申請協力請求権が時効で消滅するかが問題となる。これが時効で消滅すると、買主は永久に所有権を取得することはなくなってしまう。
 結論は、買主の「所有権移転許可申請協力請求権」は、債権であるから、10年で時効消滅してしまうのである。この権利は、仮登記で保全していても、10年間の経過で時効消滅することになる。その後、売主より、仮登記の抹消登記手続を請求されると応じざるを得ないのである。
 
(4) 判例
 最高裁第二小法廷昭和50年4月11日判決(民集29巻4号417頁)
 右許可申請協力請求権は、許可により初めて移転する農地所有権に基づく物権的請求権ではなく、また所有権に基づく登記請求権に随伴する権利でもなく、売買契約に基づく債権的請求権であり、民法167条1項の債権にあたると解すべきであって、右請求権は売買契約成立の日から10年の経過により時効によって消滅する。

(5) 時効期間
 ところで、買主の「所有権移転許可申請協力請求権」は、債権であるから時効期間は10年であるが、不動産業者の場合は商人であるため、商法の規定で時効期間は5年ではないか、との疑問が生じる。この点につき、商法上の商人である不動産業者がディベロッパーとして農地を購入した場合は、商法522条の商行為にあたり、5年の時効にかかるとの説(猿山達郎・NBL72号20頁)もあるが、「商事法務研究会・不動産取引」は、下級審の傾向としては、ディベロッパーが購入した時も時効期間は10年と考えているようであるとして、浦和地川越支部昭和58年5月19日判決(判例時報1083号120頁)をあげる。

(6) 時効期間開始時期
 次に、消滅時効はいつから進行を開始するのかが問題になる。
 最高裁の判例では、「売買契約成立の日から」10年の経過によって消滅する、という。
 しかし、消滅時効は権利を行使することが出来る時から進行を開始し、権利を行使出来る時とは権利を行使するにあたって法律上の障害がなくなった状態を言う、とされているので、逆に言うと、法律上の障害のため権利の行使が出来ない間は、時効期間は進行しないことになるが、市街化調整区域内の農地について、農地法5条の許可申請をしても許可を得ることが出来ないのは、法律上の障害になるから、このような許可が得られない間は、消滅時効は進行しないのではないか、との疑問がある。
 しかしながら、浦和地裁川越支部昭和58年5月19日判決(判例時報1083号120頁)は、市街化調整区域内の農地について、農地法5条の許可申請をしても許可を得ることが出来ないのは事実上の問題であって、法律上の障害にはならないとして、「農地法5条の許可申請をしても許可を得ることが出来なくとも、時効の進行を妨げない」としている。これについては実務家には反対説が多い。

(7) 時効中断
 それでは、農地法5条の「所有権移転許可申請協力請求権」が時効で消滅する前に、許可申請をした場合は、時効は中断するのか。
 しかし、この場合、時効完成前に売主の協力を得て農地法5条の許可申請をしても不許可になることは明らかである。不許可になると、農地法5条の許可を条件とした農地の売買は、条件不成就によい無効となり、買主は権利を失うことになってしまう。
 結局、市街化調整区域内の農地の買主は、放置すれば時効によって権利を失い、行使すれば条件不成就によって権利を失うことになる。
 しかし、これではおかしくはないだろうか。実務家からは、前記川越支判は、最高裁のいう「売買契約成立の時から10年」の文句に引きずられすぎているとの批判がなされている。最高裁も他人の農地の売買については、売主がその土地の所有権を取得した時から、消滅時効が進行するとしているし(最高裁第二小法廷昭和55年2月29日判決・判例時報956号58頁)、必ずしも売買契約成立の時から、とばかりはいっていないのであるから、もう少し柔軟に考える必要があるといわれている。今後の判例がどうなるか、関心が持たれる。


1−12 敷引をしても損害賠償の請求が出来る場合
(1) 問題
 借家契約終了の際に敷金から一定額を当然に差し引いて家主の所得とする旨の「敷引の合意」は有効か。「敷引の合意」があれば、家主に損害があった場合でも借家人に賠償を請求することは出来ないのか。また借家人に損害賠償の請求が出来るとした場合、どの程度の損害があれば請求が可能か。

(2) 結論
 「敷引の合意」は合理的なものとして有効とされている。ただし例外的に後記(三)の判例がある。また、「敷引の合意」があっても、家主に損害があれば、原則として借家人に損害賠償の請求は出来る。
 ただし、その場合の損害は、少なくとも通常の使用収益によって生じる程度を超えた損害であることが必要(判例タイムズ892号204頁の判例解説)。

(3) 判例
(一) 大阪地裁平成7年10月25日判決(判例時報1559号94頁)
 敷金の2割(賃料の2.5ヶ月分に相当)の敷引について、家主が建物を修繕したか否かを問うことなく、無条件で取得し得る「礼金」である旨判示。

(二) 神戸地裁平成7年8月8日判決(判例時報1542号94頁)
 神戸市では、月額賃料の10倍を超える敷金が多いこと、敷引として3割前後の金員を控除すること、借主の故意重過失に基づく建物の損傷を除き、通常の使用に伴う建物の修繕に要する費用は清算されることがないことは、裁判所に顕著なことである、と判示。

(三) 大阪地裁平成7年2月27日判決(判例時報1542号94頁)
 敷引の特約は、賃借人による債務不履行による修繕費等の損害を概括的に算定した趣旨のものであるとして、原因不明の火災による借家の滅失の場合に敷引の特約による控除を認めなかった。

(四) 大阪地裁平成6年11月28日判決(判例タイムズ892号204頁)
 契約書の中で、敷引の合意の他に、借家人が故意過失を問わず、スナック(スナックとして貸す予定で内装して賃貸しをしている借家)に重大な損害を与えた場合には、その分を賠償する旨の合意があった事例で、「重大な損害」とは、スナックとして通常営業しているだけでは発生せず、これを補修するのでなければ新たにスナック用店舗として賃貸しすることが困難で、かつ、補修のために相当な出費を要する」場合とし、その場合に、損害賠償の請求が出来る旨判示した。


1−13 買受けた土地に私道負担や建築制限があったとき
(1) 問題
 売買によって買受けた土地に私道の負担があったり、土地の全部または一部について都市計画道路の区域指定がなされていたため、予定の建物が建てられず、このため売買契約を締結した目的が達成できないことになったり、土地の利用に制限を受けることになった場合、買主は保護されるか。

(2) 結論
 買受けた土地に私道の負担があってその部分が利用出来なかったり、都市計画道路の区域指定がなされ道路予定地になっているため建築制限があった場合、土地売買契約の要素に錯誤(民法95条)があったとして売買契約の無効が主張出来たり、土地に欠陥(民法570条でいう「隠れた瑕疵」)があったとして売買契約の解除や損害賠償の請求が出来る場合がある。

(3) 判例
(一) 大阪地裁昭和50年6月4日判決(判例時報799号72頁)
 建売住宅用地とする目的で買い受けることを表示して買受けた土地が、売買契約の2日後に、土地周辺が都市計画道路の区域指定の決定告示を受け、土地は大部分道路予定地にとりこまれることとなった。この決定の告示は、売買契約締結の2日後になされたものであるから、行政庁の内部では、右決定は、売買契約締結当時すでに既定のものとなっていたものと推認される。
 土地の大部分が道路予定地にとりこまれることとなったことにより、売買契約の目的は達成し得なくなったものというべく、そのようなことが最初から分かっていれば売買契約を締結しなかったであろうということが出来る。したがって、売買契約はその要素に錯誤があったものであり、無効である。

(二) 東京地裁昭和45年12月26日判決(判例時報627号49頁)
 倉庫を建てる目的で土地を買い受けたところ、その土地の一部が建築基準法42条2項の道路に指定されており、そこには建物等の築造をすることが禁止されていた。土地の一部に道路指定部分のあることは土地の通常の利用を阻害するものであって本件売買の目的物の瑕疵というべきである。
 買主は、契約当時道路指定のあることは知らなかったし、そのことに過失はなかったので、道路指定のあることは、売買契約の目的である土地の隠れた瑕疵というべきであると判示し、売主に対して損害賠償の請求を認めた。なお、この場合の売主が賠償すべき損害は、買主が売買の目的物に瑕疵がないことを信頼したために生じた、いわゆる信頼利益の損害である、とされている。(信頼利益については9頁参照)


 目次 次へ

ナビゲーション

専門家Webガイド マイベストプロ岡山

無料法律相談のお知らせ

    

事務所のご案内

【所在地】
〒700ー0807
岡山県岡山市北区南方1丁目8番14号

【業務時間】
平日 9:00〜18:00
土曜 9:00〜12:00
TEL 086-231-3535
FAX 086-225-8787


アクセスマップはこちら

携帯サイト

http://www.kikuchi-law.jp/m/
バーコードリーダーの機能を搭載している携帯電話で、QRコードを読み取り携帯サイトへアクセスしてください。
http://www.kikuchi-law.jp/m/