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大切にしたいもの

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1 言葉

 言葉は重要です。
 言葉は、人の考えや感情を、他の人に伝える道具というだけなく、考えを掘り下げていく道具でもあります。
 言葉を用いて、自分の考えを整理し、深めていけば、そこから新たな知恵も生まれますので、人を賢くしていくのも、言葉です。
 言葉は、多くの場合、読書を通して、学びます。
 
 現在は、テレビがよく見られる時代になっています。
 最近は、優れたテレビ番組も増え、また、ハイビジョンテレビなどを見ますと、映像が実に美しく、居間にいながら、世界中を旅行することも、できないわけではありません。

 このように、テレビの鑑賞は楽しくはありますが、一方で、読書の時間を犠牲にしている可能性もあります。

 読書の習慣を身につけ、自然に言葉を覚える環境をつくることは大切です。


2 交友

 人は、どれほど財産を持っていても、また、どれほど健康であっても、友との交わりがなければ、満足しないでしょう。
 人は、友との交わりの中で、学び、そして、成長していく面をもっていますので、友との交わり、交友は重要です。

 良好な交友は、人脈を育て、教養を高め、趣味を拡げ、かつ、深めてくれるものですから、その人の人格を形成する基礎の1つと言っても過言ではないと思います。

 今、自分は、どんな人を友として交わっているかを、ときどき、考えてみるのも面白いかもしれません。

3 仕事

 仕事は、生活の糧を得る手段、というだけではなく、その人を成長させてくれる教師でもあります。
 時の経つのを忘れ、食べることも、飲むことも忘れて、仕事に没頭するとき、人は、必ず、成長するはずです。
 仕事に没頭できる人は、その仕事が好きだから、と言えるでしょう。
 初めは、好きでもなかったが、必要上、仕事を始め、続けてきた。没頭するようなことはないが、必要上、長時間、あるいは、長年月している、という人もいるでしょう。
 しかし、そのような人も、その仕事に責任を感じれば、手を抜くことはできず、必然、自己の能力を、一杯に使って、仕事をし、結果において、没頭することになる、と思われます。
 そうなれば、その道で、名人とは言えないまでも、プロとしての自覚も生まれ、仕事が好きになると思われます。

 仕事の好きな人は、成長が速い。そんな気がします。

4 信用

 信用は、人が、人であることの源泉です。また、人が持つ最も大切な財産です。
 信用される人と、信用されない人、とでは、人生の送り方が、全く違うでしょう。
 信用される人は、楽で豊かな人生を送ることができるでしょうが、信用されない人はどうでしょうか?

 信用は、一朝一夕では得られません。長い年月、生きる基準を変えず、いつであっても、相手が誰であっても、変わらぬ生き方を、自分にも、相手の人にも、見せて、徐々に獲得していくものだと思います。

 あの人は信用できる、と思うときの、安心感と信頼感は、信用する側の心の状態ですが、そのような安心感を与えてあげることも、世に生きていく上で重要なことではないかと思います。

5 責めない心

1 「責めない」という言葉の意味
 ここで「責めない」ということは、目の前で話をしている相手を責めない、ということです。
 目の前にいる人と話をしていて、その話の中に出てきた知人を責めないということです。
 その話の中に出てきた見知らぬ人を責めない、ということです。

2 責める効果
 責める相手が、目の前の家族であれ、友人であれ、話題の中の知人であれ、見知らぬ人であれ、責める行為は、常に、あなたの心から平常心を失わせ、心を汚すか、低めるかの効果しかありません。

3 責めることの前提を欠いていた場合
 責める態度は、あなたの認識している事実、あなたの考え、あなたの感情、つまりはあなたの主観的価値が、正しいのだという前提で、その価値の基準に合致しない人の言動を責めるものですから、責めた後で、あなたの基準(例:認識していた事実)が間違っていたという場合も、当然起こりえます。
 その場合は、取り返しのつかない結果になることもあり、家族間に溝を作り、友人を離れさせ、見知らぬ人を責めた場合でも、その責める言葉を聴かされた人の心を失います。
 ですから、「責めない」ことは大切です。

4 責める前に
 どうしても責めたいという感情を抑えきれないときは、一日黙してみるのです。一晩考えた後に、はたして「責める」という感情がなお残っているかを見るのです。
 そうすれば、たいていの責めるという気持ちはなくなっている筈です。

5 責めない努力
 「責める」ということは、簡単なことです。智恵も要らなければ、努力も要りません。
 反対に、「責めない」ということは、簡単なことではありません。
 努力が要ります。
 智恵も必要とします。

6 結論
 要は、簡単に人を責める人は、単純で、智恵なく、努力のない人と言えましょう。
 容易に人を責めない人は、知恵ある人、忍耐心のある人、賢い人と言えるでしょう。
 あなたが、責める人か、責めない人かは、あなたの言葉を聴く人は、見ています。
 あなたが、得意になって人を責めているとき、あるいは、非を鳴らしているとき、あなたの得意顔の中の、単純さ、智恵の浅さ、賢くない様が、多くの人の目に、耳に、晒されているのです。

6 褒める心

1 毀誉褒貶
 毀誉褒貶(き・よ・ほう・へん)という言葉があります。
 「毀」は、「そしる」「非難する」という意味、「誉」は「ほめる」という意味、「褒」も「ほめる」という意味、「貶」は「けなす」という意味です。
 用語の使い方としては、「毀誉褒貶相半ばする」とか「毀誉褒貶が極端に分かれる人物」など、名詞として使われます。
 要は、毀誉褒貶とは、人に対する評価をいうのです。

2 毀誉褒貶は人の属性
 人なら、誰もが、毀誉褒貶いずれの評価もなされます。ですから、毀誉褒貶は、人の属性(本質的な特徴)の1つでもあるのです。
 これは、どんな立派な人でも、探せば、そしられ、けなされる面もあること、どんなに否定的に見られる人でも、褒められることの1つや2つはあることから、理解できるでしょう。

3 ほめることの重要性と効果
 昨日のコラムでは「責めない」ことの重要性を説きましたが、それをさらに積極的にした言葉が、「褒める」ことです。
 昨日のコラムで、責める効果に、責める人の平常心の喪失、人の心の離間、品性の下方移動などをあげましたが、褒める効果は、逆に、褒める人の平常心の向上、人の心を惹きつけること、品性の上位移動などを挙げうるでしょう。

4 結論
 人は、「責めない」という消極的な努力と智恵を超えて、「褒める」という積極的な努力と智恵が求められるのです。

7 増やす心

1 「増やす」という言葉の意味
 ここでは、人の考えを増やす、意味で使います。

2 考えの相違
 人により、価値観などの考えは異なります。抽象的なレベル、あるいは一般論では、同じような考えであっても、その考えを具体的な事案に適用する段階では、立場の違いから、考えを異にするという場合も屡々あることです。
 特に、考えを適用する具体的な案件について利害が絡むときは、利害が考えを歪め、利害関係のない人との間に、考えの相違が露わになります。
 ことに、利害が対立する者同士の間にあっては、天と地ほどの考えの相違を露呈してしまうでしょう。

3
 「増やす」とは、自分の考えと違う、他の人の考えを、いったん自分の中に取り入れることです。
 これをすると、世界が広がります。こういう発想もあるのか、と驚くこともあるのです。
 そして、良い考えだと思えば、自分もその考えに従った行動をとることもあるのです。
 要は、人は、人から、学ぶ、と言うことです。

4 危険因子
 危険因子は、固定観念です。
 固定観念が固いとき、人が頑迷にして固陋なとき、自分の経験から学んだ哲理が唯一の哲理だとして他人の哲理に興味を示さないとき、もう、その人は成長しないでしょう。
 成長を続けるか、成長を止めるかは、年齢ではありません。

8 争わない心

1 「争わない」という言葉の意味
 争わない、とは、あなた自身に対する相手の言い分を受け入れ、反論しないと言うことです。さらには、あなた自身に対する相手の要求を受け入れてあげるということです。

2 争わないことの難しさ
 人を「責めない」でいることも、人を「褒める」ことも、人の考えを受け入れ、考え方の多様性の一つとして知識を「増やす」ことも、それをしたからといって、“損になる”ことではありません。
 ところが、争わないとなると、直接利害に関係し、“損になる”結果を招きます。
 あなたは、あなたとは利害が対立する相手の要求を受け入れることができますか?
 一般の人にとっては、争わないで相手の要求を受け入れることは、たいへん困難が伴うのではないかと思います。

3 世に成功を収めている人は、争わない人が多い。
 今から20年以上も前のことです。
 建設会社の経営者A氏は、数千万円もの建築代金を有している債務者B社の社長から、建築工事に瑕疵があるので工事代金は1円も支払わないと言われたとき、“分かった、では請求しない”と言い、請求を断念されたことがありました。
 私は、当時も今もA氏の会社の顧問弁護士を務めていますが、このときはびっくりしてA氏に訴訟を起こすことを勧めました。
 しかしA氏は、“相手が悪かった。
 我が社はB社と訴訟をしているというだけで信用に傷がつく。
 だから争い事にはしない。”と言われたものです。
 その後も、A氏の会社は、年々信用を厚くし、会社の業績を挙げ続け、財務内容の堅実の度も深め、県内では有数の会社になっています。
 A氏の人生哲学は、他人と争わない、相手から裏切られても自分は裏切らない、というものです。
 俗に“損して得をとれ”などという言葉もありますが、世に成功を収めている人には、争わない人が多いように思えます。

4 争わないことは、誇りをもった余裕を示すこと
 争わないことは、卑屈な譲歩ではありません。誇りをもった余裕を示すことです。
 後味の悪い譲歩や、卑屈な譲歩、後悔するような譲歩は、ここでいう“争わない”こととは次元が違います。

5 争うとき
 譲歩が、その人の尊厳にかかわるものならば、断固、争いを避けてはなりません。
 しかし、その尊厳すらも、それが“小事”であれば、“小事に拘泥せず”もまた争わない心といえるでしょう。

9 肉親の愛

1 舐犢(しとく)の愛
 舐犢の愛という言葉があります。「舐」は舐めるという意味、「犢」は仔牛の意味です。転じて、「親牛が仔牛を舐めるが如く、溺愛する」という意味です。
 この言葉は、決して良い意味に使われるものではありませんが、一面、子に対する親の愛が本能に根ざすものであることをよく表している言葉だと言えるでしょう。

2 子は無条件に可愛い
 これは親なら、誰しも、1度は、そう思ったことがあるのではないかと思います。
 舐犢の愛を注ぐ溺愛型であれ、理性が勝ったスパルタ型であれ、親の子に対する態度は、愛情の表現以外のなにものでもないと思うのです。

3 愛深き故に憎さ深し
 俗諺に、可愛さ余って憎さ100倍という言葉がありますが、たしかに、愛が深いと、憎さ、というより怒りの感情が大きくなる場合のあることは、否定できません。
 私たち弁護士の事務所に、子供に財産を相続させない方法はないか、という相談が、ときにあります。子供に相続させなくするために、甥、姪に財産を遺贈するという遺言書を書いた人が現実にいます。
 親が自宅を他人名義に移して、その家から息子夫婦を追い出した、極端な例すらあります。最後のケースは、後、親は、子が親に寄せてくれた愛の深さに自分が犯した罪(財産を他人に与えた罪)を悔い、泣いて子に詫びましたが、覆水盆に返らず、親も子も、自宅を失ったことによる苦労を味わうことになりました。

4 愛と怒りの同居
 財産を子に相続させないために他人に与える、というときの親の動機の多くは、子に対する怒りの感情、というより、その怒りの感情を子に伝えることにあるような気がします。
 怒りにまかせてその家の大切な物をぶっ壊す、あの感情の爆発と同じだと思うのです。
 愛深ければ憎さ深し、ではなく、愛深ければ怒りの感情は大きくなる、というのが正しいとらえ方ではないかと思います。
 ただし、このような感情を爆発させる人は、多分に、幼児性を帯びた人と言えるでしょう。しかし、現実にはある程度このような人もいるのです。

5 大切にしたい肉親の愛
 これは、あなたが肉親へ向けた愛を大切に、と言っているのではありません。
 肉親が、あなたに向けている愛を大切にしていただきたいと言っているのです。
 子はどんな場合でも、親を愛しています。
 舐犢の愛を注がれ我が儘一杯に育てられ親に対しては我が儘な要求しかしない子であっても、親のしたスパルタ型教育のもとで親に反抗・反発しかしない子であっても、親が自堕落で尊敬に値しないと思っている子であっても、形こそ違え、親に自分をしっかり見て欲しい、親と一緒になって笑い転げたいと、親に必死の愛情を注いでいるのです。
 親は、それを、そのときそのときの感情で量るのではなく、子の表現や表面には見られない、その下にある核をしっかり掴まえておくべきなのです。

6 知っておくべきこと
 もし、怒りに駆られて子供にその感情をぶつけたくなったとき、このコラムを思い出していただきたいと思います。結果において、あなたを愛する家族から財産を奪い、あなたに愛情を持たない者へその財産を無償で与える愚だけは犯さないようにしていただきたいのです。

10 各論

1 比喩
 ここで、各論と言い、総論と言う言葉は、比喩として使っています。
 総論とは、誰でも語れる一般論、抽象論を言います。
 これに対して、各論とは、当該問題となっている事柄についての具体的な内容のある話を意味します。

2 例
 難しいとされる試験の1つに司法試験がありますが、「司法試験に合格する方法は?」と訊かれて、「一生懸命に勉強すれば合格する。」と答える答しかできない場合の、この答を「総論」というのです。
 それに対して、より具体的な勉強方法を、細部にわたって話すことができれば、それが「各論」なのです。

3 総論と各論の違い
 要は、総論は内容のない話、各論は内容のある話です。
 総論は、内容のない話ですので、誰でも、何処でも、話すことが出来ます。少し新聞を読み、最近の政治状況を知れば、天下国家を論ずることすらできるのです。
 しかし、各論は、各論の程度、深さにもよりますが、簡単に論ずることのできるものではありません。

4 各論を大切にしたいということの意味
 各論を大切にしたいということは、人各自に与えられた本務を掘り下げて、学び、考え、それぞれ専門家になるくらいの学びを心掛けよという意味です。

5 深さは広さに通ずるが、広さが深さに通ずることはない
 この言葉は、今は亡き私の恩師が私に語って下さった言葉です。
 この言葉をいただいたおかげで、私は、司法試験に集中し、没頭しました。
 そして弁護士になれたのですが、総論人間では司法試験に合格できません。
 しかし、弁護士になって、学ぶことをしないときは、弁護士の中の総論人間でしかありません。
 弁護士の仕事の中でも、総論では役に立たない、各論を語るのでないと人はついてこないと思うのです。

6 人は、その生きるべき道で名人となれ、余技の達人になるなかれ
 この言葉も同じ恩師から教えられた言葉です。深さは広さに通ずるが、広さが深さに通ずることはない、という言葉と通底する言葉だと思います。

7 人は、すべからく、各論人間になれ、総論人間になるかなれ
 これは、私の言葉です。

11 叱責されたこと

1 誰しも経験すること
 子供の頃、親から、あるいは、他人から、叱責された経験は、誰しも、あるのではないかと思います。
 しかし、人が大人になると、おいそれとは、親も人も、叱ってはくれません。

2 叱責の意味
 叱責とは、あなたのしたこと、言ったことが、間違っている、との指摘と、その是正の求め、と言ってもよいと思います。
 そこには、あなたではない、叱責した人の価値判断があり、その価値判断により、あなたの言動が間違っている、と指摘されるのです。

3 叱責に対する反応
 叱責に対し、叱責される人の反応は様々です。
 素直に、その叱責の中で指摘された、自分の間違いに、気付き、反省をもって、是正する人や場合もあれば、自分の言動が間違いだとは、つゆも、思わず、叱責した人に、反発、反感、反抗を覚え、指摘されたことの是正をするなど、思いもよらない、と考える人や場合、あるいは、指摘された自分の言動に、何らかの問題があるとの認識には至るものの、叱責を我が身に浴びせられた非難ととり、非難を躱すに急なる余り、弁解に、相務める人や場合も、あるでしょう。

4 叱責は、またとない、貴重な学びの機会
 叱責されることは、自分ではない、他人から見た自分の姿を、そこに、見る、という機会が、与えられたことです.
 他人の目から見た自分の姿は、自分の目から見た自分の姿より、あざらかです。ここは、じっくり、その鮮明な自分の姿を、眺めるべきでしょう。
 眺め、見つめ直し、熟慮しても、自分の言動に、いささかの間違いもないと、思うに至ったとしても、自分の言動が、親から、あるいは先輩や知人から、利害のからむ人から、非とせられた事実は、事実として受け入れるのです。

5 叱責されたことは、何年も先に、生きてくる。
 そのときは、反発、反抗しか生じなかったとしても、叱責されたことは、何年か後、必ず、どこか腑に落ちることになるから、不思議です。
 ですから、叱責されたことから学ぶことは、自助の力で学ぶことに数倍すること、間違いありません。

12 あるがまま

1 「あるがまま」の意味
 ここで「あるがまま」とは、あなたが関心を向けている人を“あるがまま”に受け入れることを意味します。

2 突然の不和
 仲のよかった者同士が、あるときを境に、突然不和になり、以後交際もしなくなる、ということは、人と人の間で、よく起こることと思います。
 その原因の多くは、仲の良かった相手の、どこか一部に、あなたの気に染まないことが生じ、その気に染まないことを、その相手に伝え、相手にその部分の取りやめ、あるいは、修正を求めること、にあるように思えます。

3 取りやめや修正を求められる立場
 自分の生き方を生きている人が、その中の一部について、仲の良い人から、その部分は良くないと指摘され、その取りやめや修正を求められたとき、その生き方に反省を加え、それを取りやめ、あるいは修正をしていく、という人は、決して多くはいません。
 多くの場合、反発、嫌悪の感情が、先に立ち、仲の良かった人の言を、素直に聞きいれる、ということは少ないと思います。
 その言が、善言であると分かっていたとした場合でもです。
 ましてや、その言が、善言と思われないときは、なおさらです。

4 その生き方をありのままに受け入れること
 あなたが、仲の良い相手の生き方の中に、何か気に染まないことを感じたとき、その気に染まないと感じたその部分も、その仲の良い相手の生き方だと、認めてあげてはいかがでしょうか?
 人には、人の生き方がある。
 人には、人の価値観がある。
 自分も、自分の人生を、自分の価値観に従い、生きている。
 自分の価値観で、人を量ってはいけない。
 仲の良い、あの人の中の、あの部分は、自分の気に染まない部分だが、それも、その人の生き方だ。
 その人の生き方として、受け入れよう。

 このような発想を持てば、世界が広くなる、ように思えます。

13 事実

1 事実の意味
 ここで事実とは、客観的な事実を意味します。
 主観を入れない、客観的事実です。

2 裁判とは、事実に対する法的評価のこと
 裁判は、扱う事件が、民事事件であれ、刑事事件であれ、あるいは離婚などの家事事件であれ、事実に法律を適用して、犯罪の成否、権利の有無を判断・評価することです。

3 事実が変わると、結論が変わる。
 ですから、事実が変わると、結論は変わります。
 甲のした行動がAであったとした場合は有罪になるが、裁判での審理の結果、甲の行動はAではなくBであったという場合は無罪になる、ということもあるのです。

4 日常生活でも
 親が息子を叱ります。息子がCという事実をした、と他人の口から聞いたからです。
 しかし、息子に訊くと、息子はCではなくDをしたことが分かり、親は叱ったことを後悔する、ということもあるのです。

5 事実を前提に世の中は動く
 裁判も、親の子に対する態度も、いえ、世間の動きのすべてが、事実を前提に動いているのです。

6 事実の重要性
 ですから、事実、間違いのない事実、主観の混じっていない事実は重要です。

7 事実を伝えるときの注
 事実を伝えるときは、主観を入れないことです。
 推測を語る場合は、事実と推測を分けて伝えることが必要です。
 見聞きした事実に推測、憶測などを加え、事実を膨らませて語ると、それを聞いた親が子を叱るなどの間違いを起こしますので、そのような場合、事実はEまでで、Fの部分は私の憶測だとして伝えることが必要になるのです。

8 直筆と曲筆
 直筆とは、広辞苑によりますと、事柄を隠さずありのまま書くこと。
 また、その文、とされています。
 その逆が曲筆です。曲筆とは、事実を曲げて書くこと。
 また、その文、のことです。舞文(ぶぶん)という言葉も曲筆と同じ意味です。
 舞文曲筆を弄する、などは、人の道から外れます。
 大切なことは、事実をありのまま書くこと、直筆です。

14 地域

1 地域
 地域とは、あなたが今住んでいる地域を言います。
 あなたが、そこに住んでいる人々の温みの中で、その文化の中で、日々生活を送っている地域のことです。

2 文化
 文化とは、人が生活の中で智恵を絞って生み出したもの、いわば叡智の所産で、一定範囲の他の人に、その利便性、芸術性、嗜好適合性などの価値が認められたもの、を意味します。
 文学、芸術、スポーツ、政治のありかた等、人類普遍のものだけでなく、地域の食材を使ったその地域の食事、地域の祭りなども、文化でないものはありません。
 ですから、文化は、人と人が生活する中で、不断に生まれ、また、他の文化から(あるいは他の文化へ)刺激を受け(刺激を与え)、不断に発展、進行しているものに他なりません。
 そして、その地域で生まれた文化は、その地域で生まれ育った人や、その地域に住む人、住んでいた人に、多大な影響を与えています。

3 地域おこし
 最近、地域おこしということが言われます。自分たちの住む街や、村や、地域の、魅力を高め、多くの来訪者(企業の取引先・観光客)を迎えることができるようにと、地域ぐるみで、智恵を絞り、種々の工夫と努力を重ねていることをいう言葉です。

4 文化と一体感の醸成
 このような地域おこしが、その地域に新しい文化を生み出していくことは間違いありません。
 また、地域をあげて叡智を集めること、また、集まった叡智の持ち主が一緒に工夫と努力を重ねていくことで、地域の一体感をそれ以上に高めていくことも間違いありません。

5 大切にしたいこと
 このように、地域は、その地域に住む人の、人となりに大きく影響するだけに、人は、無意識のうちに、地域の重要さを認め、その温もりの中で、日々の生活を送っている、と言ってよいと思います。
 人の、意識下にある、地域を大切に、の思いを、意識の上に、のぼせて、地域と地域の文化を、さらに大きく、さらに深く、発展・深化させる努力は、大切にしたいものです。

15 貞潔

1 貞潔の意味
 貞潔とは不倫をしないことです。

2 不倫の結果(家庭への影響)
 不倫をすると、まず夫婦関係を壊します。
 ここに、夫の不倫を知った妻がいます。
 長年、信頼し、愛情を注いできた夫です。
 その夫に裏切られたのです。
 妻は、離婚よりも、自殺を考えました。
 一切が空しく、悲しく、生きる張りも、希望もなにもかも失ったのです。
 現実を考えることから逃げようとし、自殺の2文字が頭をかすめます。
 しかし、不安そうな子供の顔をみて、はっと現実に戻り、妻は生きる道を選びました。
 しかし、妻の顔から生気はなくなりました。
 夫婦間の対話のない生活が、しばらく続きます。
 その間、妻の夫を見る目に疑心が宿ります。
 やがて疑心は、暗鬼を呼び起こします。
 勤めを終えて帰宅した夫の後ろに、女がついてきた姿を見たのです。
 玄関を入った夫を押しのけて、妻は、外へ飛び出し女の姿を探します。
 女はいません。
 しかし、妻は女が隣家に入る瞬間を見ました。
 そこで、隣家に入っていき、女が入ったと隣家の人に告げました。
 隣家の人は、幽鬼の顔になった妻の姿に驚き、そんな女は来ていないと言います。
 しかし、妻は、隣人に、いや、女がこの家に入ったので、出してくれと訴えます。
 暗鬼が妻の精神を侵し始めたのです。
 同時に暗鬼は、妻の言動を通して、夫を責めます。
 責め苛むのです。
 愛情深く、善良な妻であればあるほど、暗鬼が、妻自身を、夫を、そして無邪気だった子までも、蝕んでいくのです。

3 不道徳税
 不倫は、社会に大きな負担を負わせます。
 アメリカの経済学者で、これは国民全体が支払わなければならない不道徳税だと言った人がいます。
 不倫の多発が道徳の退廃を生み、それが婚外子の大量発生を招いて、その扶育のため、社会保障費の増大を招き、婚外子の多量発生はまた犯罪の増加を呼び、治安の費用の増大を招く、それらはすべて国民の負担になって現れる、というものです。

4 国家の滅亡を招く
 ローマ帝国、古代ギリシャ、ペルシャ、バビロニアは、国家滅亡に至ったが、その最大の原因は、ソドムとゴモラ同様、不倫の蔓延だ、と説く学者もいます。

5 不倫は人類最大の罪なのかもしれません。

16 許し(赦し)

1 許しの意味
 ここでは、不倫をした夫(妻)への妻(夫)の許しを意味します。

2 不倫をする者の甘さ
 昨日のコラムで、大切にしたいものとして、貞潔、つまり不倫をしないこと、をあげましたが、不倫をする人の多くは、結果の重大性を考えずに、行動している感が否めません。
 まさか、妻(夫)にばれるとは思わなかった。まさか、妻(夫)をこれほど苦しめる結果になるとは思わなかった。
 まさか、離婚させられることになるとは思わなかった。などなどの悔いのうめきを聞くことが屡々です。

 昨日相談に来られた60才代の人のことです。
 親子以上の年の差のある女性と交際を始め、数年経過したところで妻に発覚。
 家庭内での地獄を経験。
 数年して、それが落ち着いたと思うや、意思の疎通は書面のみの日々。
 私の質問が、かつての優しく甲斐甲斐しかった妻のことに及ぶや、うめくような嗚咽とともに、滂沱たる涙。

3 赦し
 不倫を犯す人には、まじめで、誠実な人が、結構多くいます。
 ここで、重要なことは、心から反省している夫を、2度と不倫はしないと誓っている夫を、日々の生活の中で家族を大事にしている夫を、そうです、あなたを裏切った夫を、です。
 あなたが、妻が、許すのです。
 ただ、一言、心の中で、夫を許す、と叫んでみるのです。
 むろん、直接そう言ってもかまいません。
 それだけで、怒り、恨み、疑心暗鬼が、消失するか、薄らぎます。
 許しは、裏切った者を救済する以上に、許した人を、あなた自身を、苦しみから解放してくれるのですから、不思議です。

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